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冬の古民家ステイ

冬の古民家ステイ「長者屋」の楽しみ方

自然と雪の恵み

比婆(ひば)は広島県庄原市北部、リンゴや大根栽培が盛んなことで知られ、中国地方でも豊富な雪が降ることでも有名な地域です。そのなかの三河内(みつがいち)という地区に建つ築およそ250年の立派な古民家が、2019年に改修されて宿泊施設としてよみがえりました。その建物は「長者屋」。今回は家族で美しい雪の三河内を訪れ、長者屋で一晩を過ごしました。訪れたのは1月4日~5日。正月前後に来た強い寒波がちょうどおさまった後でした。その様子をレポートしてみます。

道の駅たかので買い物を

山陽道・尾道ジャンクションからおよそ1時間で、尾道松江線・高野インターに到着します。ここが長者屋へのゲートウェイ。道の駅たかのは高野インターそばにあり、地元の農産物が並ぶ産直コーナーがとても充実している大人気の道の駅です。ここで滞在中の食料品を調達します。(長者屋の周辺は食料品が手に入りにくいので注意です!)

新鮮でおいしそうな野菜や、

サシがとても美しい地元の「比婆牛」、

短期の滞在にちょうどいい小袋の高野産コシヒカリなど、いろいろな食材が豊富に入手できます。帰りにお土産を買うところとしてもお勧めです。

お客さんで賑わう道の駅たかのの物産コーナーの様子。ちなみに、尾道松江道は大部分の区間が無料なので、おサイフにもちょっと優しい道程です。中国道経由だと三次東インターから尾道松江線に入り、松江方面へ向かってください。

長者屋へ

長者屋は高野インターからおよそ23km。山を縫うように走る道を車で30分ほど走ると、三河内の盆地が急に現れます。その盆地を見下ろす山裾に長者屋は建っていました。まわりの田畑は雪に覆われ、その結晶が太陽の光を反射してキラキラと輝いています。

ところどころに鉄穴残丘(かんなざんきゅう)が見えます。このあたりは江戸時代中期ごろから砂鉄をとるために山を切り崩してできた平地です。そしてこの残丘は祠や墓などがあるなどの理由で削り残された場所。つまり長い長い年月の中で、人々の営みがつくり出した風景なのです。長年の風雪に耐えて、この風景とともに250年ずっとそこにある長者屋。建物と地域の歴史を想像して、ちょっと感慨深くなります。

冬の長者屋の過ごしかた

太陽が山裾に落ちようとしています。実に美しい。

お風呂が沸いたので、妻と息子は先に入りに行きました。私は少しだけやる仕事があったので、パソコンを開きます。外の素晴らしい景色を見ていると、ビールが欲しくなって取りに行きました。シーンと静まり返った古民家。落ち着いて仕事をするにも最高の環境だと思います。

晩ご飯は道の駅たかので購入した野菜と肉で鍋を楽しみました。キッチンのほかに、卓上のIHコンロも備え付けられているので、居間のコタツで鍋を囲むことができます。子どもはリンゴジュース、大人は同じく道の駅で手に入れた庄原の地酒「比婆美人」の純米原酒をちびりとやりながら、静かな夜は更けていきます。テレビのない施設なので子どもは飽きるかも、と思っていましたが、お母さんの料理を進んで手伝ったり、備え付けのトランプを一緒にやって笑ったり、いつも家ではやらないようなコミュニケーションが自然に生まれました。それも、長者屋がもつ雰囲気がもたらしてくれたものなのかもしれません。

夜、屋外は氷点下10度くらいにまで冷え込みましたが、業務用のハイパワーなものも含め石油ストーブ3台、それに床暖房がフル稼働してくれ、中はまったく快適でした。

せっかく来たので夜中に外へ出てみました。確かに外気温はとても低いのですが、風がないこともありそれほど寒さを感じません。空を見上げると満天の星。そして無音。雪は音楽スタジオの吸音材のような役割をして、雪景色にたつととても静か──むかし何かでそんなことを読んだのを思い出しました。オリオン座が南の空に見え、あたりは少し霧が出てきていました。

朝の散歩

まだ日が昇らないうちに目覚めました。といっても時間はそれほど早くはありません。というのも、山に囲まれているために太陽が顔を出すのが少し遅いのです。山裾は明るくなっていて、気になっていた長者屋からすぐの鉄穴残丘まで3人で朝の散歩に出かけました。

鉄穴残丘はこんもりした森になっていて、その中には小さな祠がありました。一礼して手を合わせます。地元の方に聞くと、この祠は「荒神さん」と呼ばれているそうです。地域を守る神様なのでしょう。設えられた新しいしめ縄と御幣は、まだここが大切にされていることを示しています。これを祀るために荒神神楽という舞が比婆地域で広域的に舞われています。未来に残したい大切な地域文化です。

荒神さんの周りの木には、昨晩の夜霧でできた樹霜がうっすらと葉についていました。表面には繊細な氷の粒。思わず見とれてしまう美しさです。

いろいろな雪の造形に、あちこちでシャッターを切ってしまいます。ここには何が埋まっているのでしょうか?

そして雪面には動物の足跡が至るところに見つかります。タヌキでしょうか。キツネならもっと飛び跳ねるような跡になるし、ウサギは前足と後足の運び方が特徴的だからすぐわかるよね……などと、なんの動物か親子で想像して話し合いながらしばらく歩きました。

そうしているうちに、8時ごろ、太陽が顔を出しました。明るい光が雪の大地に降り注ぎます。この上なく美しい光景ですが、うらはらに冬季は特に厳しい生活環境であったでしょう。電気や石油を利用し、便利な道具や機能性の高い衣服が手に入るようになる前には人間のどのような暮らしがここで営まれてきたのか。そんなことをふと思いました。

中国地方山間部の暮らしの一端が垣間見られる施設が「庄原市立比和自然科学博物館」です。「モグラ博物館」と愛称があるくらい豊富なモグラの展示が世界的に有名。それだけでなく中国山地の生物や自然史の資料がたくさん展示されています。その中に昔の人々が生活に使った道具のコーナーがあります。すべて地元で手に入る自然素材を自分たちで加工してつくったもの。なかにはワラで編んだ雪靴や手袋などもありました。

博物館の館長で三河内出身の進藤眞基さんに話を伺うことができました。進藤さんは1950年生まれ。自動車が普及する前後に少年時代を過ごしました。「大人は春から秋にかけて農作業を行い、冬はずっと翌春の準備をしていましたね。男性は稲藁を叩き、縄をなう仕事。女性は縫い物やムシロを織る仕事などを家の中で一日中。冬は〈我慢の季節〉だったでしょうね。僕たち子どもはスキーや雪遊びなどを楽しんでいましたから、それなりに面白かったですけどね(笑)」
長者屋の玄関左側にある「ヒストリールーム」。ここでは往時の写真が展示され、建物や人々の姿に思いを馳せることができます。

さて、荒神さんへの散歩から長者屋に帰り、温まるためにお風呂に入りました。広い湯船に立ち込める湯煙。しばらく窓をあけて露天温泉のような雰囲気を楽しみました。

お風呂から上がってさっぱりすると、遅めの朝食の準備をはじめます。メニューはクリームシチューと目玉焼き、ソーセージなど。キッチンには三口のIHクッキングヒーターや電子レンジ、トースターが設置されており、シンクも十分な大きさ。調味料は塩、こしょう、料理酒、ポン酢なども用意されています。家庭と同じような感覚で本格的に調理することが可能です。

あまりにも景色がいいので、窓を開け放して食事しました。確かに寒かったけれど、

朝食を取り終え出発の準備を済ませてから、持参したアウトドアチェアを出して軒先でお茶を楽しみました。目の前に広がる雪の三河内を見ていると、なんだか名残惜しくなってしまいました。

りんご今日話国スキー場で雪遊び

長者屋に別れを告げたあと、庄原に住む友人と合流して、高野インター近くの「りんご今日話国(きょうわこく)スキー場」に向かいました。ここは地元の方が整備した個人所有の小さなゲレンデです。Tバーリフトが一本あり、小さいながらちゃんとスキーができます。お手軽に子どもと一緒にそりや雪遊びをするのもいいですね。

ゲレンデのスロープから少し離れたところに新雪が積もっていたので、ここでかまくらづくりに挑戦! まず雪を積んで小山にし、なかをくり抜いて人が入れる大きさの空間を開けていきます。ほどよく湿った雪でしたので、かまくらをつくるにはちょうどよい雪質でした。雪まみれ、というか全身水浸しになりながら、ついに完成したかまくらです。息子はこのかまくらづくりが一番楽しかったそうです(笑)

びちょびちょになった服を全部着替えて、家路につきました。帰りにまた道の駅たかのに寄り、お土産を購入しました。車の中でこの1泊2日の旅を思い出してみると、この土地と長者屋の良さがわかってきました。まずアクセスのよさ。広島や岡山からだけでなく、関西からもとても行きやすい。雪の降らないところに住む私たちには、こんなに気軽に雪国に来れるとは思っていませんでした。

それから、観光開発がほとんど目につかないこと。自然で、生のままの田舎がそこにありました。また、歴史あるすばらしい建物で自分たちだけのプライベートな宿泊体験ができること。好きな食材を持ち込んで自分たちのペースで食事をつくって食べることができました。それと、チェックイン時以外はスタッフの方にも会いませんので、すごく解放された自由な時間を楽しめました。息子もまた行きたいと言っていますし、ぜひ家族で再訪したいと思います。次はもう少し周辺を探検したいかな。

※お越しの際は、事前に気象情報、道路情報などをご確認ください。